ハーン顕彰事業「アメリカへやって来たラフカディオ・ハーン」のお知らせ

注目

熊本八雲会と熊本アイルランド協会の主催で、ハーン渡米150年記念「アメリカへやって来たラフカディオ・ハーン」と題し、ハーン顕彰事業が開催されます。講演とライブ演奏で辿るハーン心の旅をお楽しみください。

ラフカディオ・ハーンがヨーロッパからアメリカに渡ったのは1869年の初夏のころでした。今年はそれから150年目の節目の年にあたります。本年のハーン顕彰事業は、第1部ではハーンとアメリカ、そして日本(熊本)との繋がりについて、熊本在住のハーン研究者アラン・ローゼン氏にアメリカ人の立場で語っていただきます。そして第2部ではローゼン氏の友人、ジェフ・ケアンズ氏と彼のミュージシャングループ・ジェカプロ(JECAPRO)による洋楽器と和楽器を取り入れた新鮮な演奏で、ハーンが辿ったであろう西洋から東洋への心の旅をご体感ください。

チケットは熊本アイルランド協会(事務局:お菓子の香梅本社)にもございます。お電話(096-366-5151)でお問い合わせください。

ハーン顕彰事業「アメリカへやって来たラフカディオ・ハーン」
ハーン顕彰事業「アメリカへやって来たラフカディオ・ハーン」

【講師:アラン・ローゼン氏のプロフィール】
米国ニュージャージー州出身。1967年ペンシルベニア大学英文科卒業。ブリン・マー大学(PhD)修了。イギリス文学(ミルトン)の研究を行う。熊本にあってラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の研究を行い、陶芸にも明るい。現在 (熊本大学五高記念館客員教授。熊本八雲会会員。

【演奏:ジェカプロ(JECAPRO)のプロフィール】
【ジェフ・峯曙・ケアンズ(尺八)】
トロント(カナダ)生まれ、日本の伝統的な琴古流、2005年に尺八師範を取得。幅広く芸術的な日本の古典音楽に加えて現代音楽のジャンルを演奏している。大震災支援のチャリティ活動にも心を用い、質が高く多様な都市文化を生み出すコミュニティプロジェクト(Street Art-plex)にも参加している。
【柏原 英彦(フラメンコ・ギター)】
ジェフの音楽グループ・ジェカプロ(JECAPRO)の主力メンバー。フラメンコ・ギターの奏者として活躍中。
【志娥 慶香(ピアノ)】
バークリー音楽大学映画音楽作曲科を首席卒業。映画音楽作曲の他、新聞の新作映画評など執筆活動も手掛ける。2016年より毎年フィンランドにてソロ公演。第41回信友社賞受賞。
【古荘 昇龍(ウッドベース)】
ピアノ調律師&ジャズベーシスト。調律・演奏ともに優れ、全国に出かけている。音楽への愛情とジャズ的教養の深さに裏付けられた演奏には定評がある。
【西田 義伸(ドラム)】
豊かな音楽センスの持ち主で、現代音楽のバンド(トリオ・セガール)のドラム担当演奏家として活躍中のミュージシャン。

中村青史講演会「私が関わってきた熊本の文学」のお知らせ

くまもと文学・歴史館友の会、くまもと文学・歴史館熊本県立図書館熊本県文化協会の主催で、「私が関わってきた熊本の文学」と題し、中村青史氏の講演会が開催されます。

お問い合わせは熊本県立図書館学芸調査課(096-384-5000)まで。

中村青史講演会「私が関わってきた熊本の文学」
中村青史講演会「私が関わってきた熊本の文学」

中村なかむら青史せいし氏(元熊本大学教授)のプロフィール】
1934年山鹿市生まれ。熊本大学教育学部卒、法政大大学院修士課程修了後、高校教諭を経て、73年熊本大学講師。85年~99年同大教授。徳富兄弟、夏目漱石、小泉八雲ら、熊本ゆかりの文学者について様々な顕彰活動を行う。2007年から5年間草枕交流館長を務める。10年より総合雑誌「KUMAMOTO」発行。09年荒木精之記念文化功労者、14年くまもと県民文化賞、19年熊日賞受賞。

音楽劇「楽しいわが家」のお知らせ

「楽しいわが家」制作実行委員会の主催、熊本県文化協会の共催で、音楽劇「楽しいわが家」が開催されます。

小泉八雲、夏目漱石をテーマに創作劇をつくり、熊本と新宿で公演しようと始まった活動も、新しい題材にも挑戦するようになり、今回で7作目に。浜畑賢吉さんを迎えてからは5作目。地元の演劇、音楽、民謡、日舞などの舞台人によるオリジナル作品です。

実話にもとづく物語ですが、大胆に脚色。音楽劇として戦前、戦後の懐かしい歌も飛び出します。どんな時代でも青空がのぞき、ひとびとの暮らしのなかには家族の愛がありました。再び戦争がなく、平和な暮らしが続くようにと願っての企画です。

第61回熊本県芸術文化祭に参加しています。


物語の背景

昭和12年(1937)、日中戦争が始まり、熊本の第六師団も中国に動員され、菊池出身の立山英夫中尉は偵察に出て、戦死します。血まみれの軍服のポケットには母親の写真があり、裏に詩が書かれ、最後に「お母さん」が24回繰り返されていました。

実家での葬儀に上官の大江ーニ三ひふみ少佐から「ヤスクニノ ミヤニミタマハ シズマルモ ヲリヲリカへレ ハハノユメジニ(靖国の宮に御霊みたましずまるも をりをり帰れ母の夢路に)」という弔電が届きます。この歌は一人歩きを始め、「海ゆかば」で知られる信時のぶとききよしによって作曲され、国民歌謡第1号になりました。

大江ーニ三は現役の将校でしたが、詩人肌で短歌や句を作り、絵も巧み、音楽を好み、バイオリンを弾き、校歌の作詞作曲もしています。講談社の「少年倶楽部」に「ちゃんぽん閣下」を連載しています。本土決戦に備え、宮崎県の清武村(宮崎市)で歩兵四百五十五連隊長として陣地構築を指揮しますが、兵士の慰安と村人らとの融合のため劇団もつくります。また作詞作曲した「清武音頭」が盆踊りで戦後長い間、踊られていました。


出演者等

演出・脚色浜畑賢吉
井上智重
演出補堀田清
企画・制作統括小川芳宏
大江ーニ三岩本貴文
妻 艶子春日信子
長男 志乃夫春日保人
(立山中尉との二役)
次男 捷也浜畑賢吉
捷也の妻 寿美子政木ゆか
立山中尉の母高濱流光華々
肥後日日新聞社長松岡正勝
同社の文化部記者田川智則
講談社の編集者堀田清
お手伝い テル井芹誉子
宮様閣下出田秀尚
李香蘭福嶋由記
川島芳子邑木みほ
巡査草村健司
高峰三枝子福田恵加
愛国婦人会班長木村久美子
愛国婦人会の人々田川真木子
畠山志津子
田中浩子
隣の住人芦刈剛信
清武村の民謡名人福島竹峰
清武村の娘たち西崎緑祠社中

《プロフィール》浜畑はまはた賢吉けんきち

東京生まれ。俳優座養成所を経て、1966年劇団四季入団。1994年四季正劇団からフリーとなり、より幅広い活動を目指す。大阪芸術大学教授・舞台美術学科長。「新宿くまもと物語 わが青春のムーラン・ルージュ」で森繁久彌を演じ、「夢草枕 峠の茶屋の花吹雪」「アイラブくまもと 漱石の四年三カ月」で漱石、「ハーンが見た『熊本のこころ』」ではハーン役を演じた。母は玉名市出身。

音楽劇「楽しいわが家」
音楽劇「楽しいわが家」

市民講座「ケルトの物語」のお知らせ(終了)

市民講座「ケルトの物語」は終了しました。ご聴講くださり誠にありがとうございます。

「ケルトの物語」と題し、坂本弘敏氏による市民講座を開講いたします。受講申し込みは不要ですので、お気軽にお越しください。

  • 日時:2019年10月19日(土)14時00分~15時30分
  • 会場:小泉八雲熊本旧居(鶴屋百貨店裏・熊本市中央区安政町2-6)
  • 講師:坂本弘敏氏(小泉八雲熊本旧居館長)
  • 演題:ケルトの物語
  • 申込:不要ですので、お気軽にお越しください
  • 入館料・受講料:無料
  • お問い合わせ:当協会事務局 096-366-5151
  • チラシ

ケルト文化は、大まかに「大陸のケルト」の代表としての「ガリア=フランス」と、「島のケルト」の代表としての「ヒベルニア=アイルランド」の二つに分類されています。ガリアは「大陸のケルト」最後の戦いの拠点として、終始ローマ軍の攻撃にさらされました。紀元前52年の「アレシアの戦い」は、ガリアの「ウェルキンゲトリクス」が族長となり、ローマ軍に反旗を翻した「ガリア総決起」と呼ばれるほどの激しい戦いでした。結果的にカエサルが勝利し、その後は全てのガリア部族はローマの属州として支配下に組み込まれることになりました。今回は、ケルト文化の発祥と、民衆を巻き込んだ大規模な包囲戦「アレシアの戦い」を、熊本に関係した包囲戦「島原の乱」を例に戦いの様子を紐解いてみたいと思います。

【坂本弘敏氏のプロフィール】
坂本弘敏(さかもとひろとし):小泉八雲熊本旧居館長、1947年生まれ。済々黌高校、国士舘大学法学部卒。九州郵政局勤務、普通郵便局長を経て、2012年から現職。熊本の歴史・文化をこよなく愛する一人として、熊本県文化財保護協会に所属、熊本観光ガイド(熊本観光・文化検定1級、水検定1級を取得)を務めるかたわら、ホームページ等で熊本の歴史・文化などをPRしている。

市民講座「ケルトの物語」

市民講座「ケルトの物語」

小泉八雲略歴

小泉八雲年譜

西暦和暦経歴
1850嘉永36月27日ギリシアのレフカダ島で生誕、次男
父はチャールズ・ブッシュ・ハーン(アイルランド系イギリス人)
母はローザ・アントニア・カシマチ(ギリシア人)
1852嘉永5父の実家のダブリンへ母と赴く
1854安政元母、ハーンを残してギリシア(セリゴ島)に帰る
1855安政2ダブリンの大叔母サラ・ブレナンのもとで生活する
1857安政4父母の離婚
1863文久3ダラム郊外の神学校聖カスバルト校に入学
1866慶応2学校で遊戯(ジャイアント・ストライド)の最中、左目を失明
1867慶応3聖カスバルト校を中退、ロンドンに行く
1869明治2アイルランド移民船で渡米、シンシナティに行く
1874明治7シンシナティ・インクワイアラー社の正社員となる
混血女性アルシア・フォーリーと結婚するが様々な困難と直面
1877明治10シンシナティを離れニューオーリンズに向かう
1881明治14タイムズ・デモクラット社の文藝部長に就任
1884明治17ニューオーリンズで万国産業綿花博覧会開催、服部一三と知り合う
1885明治18ハーバード・スペンサーの第一原理を読む。ゴンボセーブ刊
1887明治20西インド諸島のマルティニーク(サン・ピエール)に向かう
1890明治23ニューヨーク、ハーパー社の記者として来日。
横浜滞在の後、松江(島根県尋常中学校)の英語教師となる
1891明治242月小泉セツと結婚。11月19日に家族とともに
第五高等中学校(熊本大学)英語教師として来熊。
熊本市手取本町34番地に入る(赤星家の借家)
1892明治254月セツと博多への旅
7-9月神戸・京都・奈良・隠岐・美保関2ヶ月の旅
11月熊本市坪井西堀端町35番地に転居
1893明治262月嘉納治五郎が転任。7月長崎に小旅行
11月に長男一雄誕生、父としての自覚
10月作品「柔術」、12月「石仏」
1894明治271月極東の将来講演。5月九州の学生とともに執筆
9月知られぬ日本の面影出版。10月離熊。
願望成就執筆。神戸クロニクル社(英字新聞社)に入社
1895明治28過労で神戸クロニクル社退社。東の国から出版
1896明治292月日本に帰化し、小泉八雲と名乗る。3月心出版。
9月上京。東京帝国大学(東京大学)英文科講師(外山正一学長の招聘)
1897明治302月次男巌誕生。
8月避暑で焼津の山口乙吉宅に滞在、気に入る
1899明治32三男清誕生
1903明治361月東京帝国大学から解雇通知。3月31日退職。
長女寿々子誕生
1904明治373月早稲田大学教員となる。4月怪談出版。
9月26日心臓発作のため逝去(54歳)

ハーンの熊本時代

1891(明治24)

11/19午後5:36着の列車で春日駅(現熊本駅)に到着、
嘉納治五郎校長が駅頭に出迎え。不知火館(手取本町)に投宿
11/20第五高等中学校に出かけ校舎を見る。
提供された無料の洋風の宿舎を断る。
藤崎剛八中尉の家にセツとともに招かれる。藤崎夫人は松江出身
11/24ハーンの就任式、授業を始める。英語主任は佐久間信恭(札幌農学校出)
担当科目は英語、ラテン語が中心で週27時間(後に20時間)、生徒数441名
11/25手取本町34番地の旧熊本藩士赤星晋作邸の借家に引っ越す。
子息の赤星典太(後の長崎県知事)はハーンの教え子
12/15第二回帝国議会が第二、第四、第五高等中学校の廃止案を決定
12/25帝国議会が解散。上記廃止案は廃案となる

1892(明治25)

01/05赤星邸に新年の宴会に招かれる
01/08偕行社で第六師団長(野崎中将)の新年の宴に招かれる
04/03セツ夫人と博多へ。数日滞在(石田屋旅館)。
大宰府天満宮、都府楼跡等を見る
04/12英語教師の日記からを書きあげる(日本に関する最初の書物)
05/24冨重写真館にてセツと写真撮影をする
07/10第五高等中学校第一回卒業式。卒業生14名(総代;武藤虎太)
07/16京都・奈良・隠岐方面への約2ヶ月の旅にセツと出かける
11/下旬坪井西堀端町35番地に引越す。書斎にガラス障子とストーブを入れる

1893(明治26)

01/25中川元が第四代校長に任ぜられる(嘉納治五郎は文部省参事官へ)
02/03嘉納校長の送別会。加藤神社の鳥居前で教職員生徒一同の記念撮影
02/25有馬純臣宅を訪ね自宅の柔道場を見る(経験が作品「柔術」に反映される)
07/20長崎への旅に出る。この時の浦島屋(三角西港)での体験が
「夏の日の夢」となって結実する(22日に帰熊)
10/11作品「石仏」の原稿を出版社に発送
11/17長男一雄が生まれる(レオプルド・カジオ・ハーンと命名)
12/14生徒の英作文約100編の添削を終える

1894(明治27)

01/27全校生徒を前に<瑞邦館>で『極東の将来』と題して講演
02/25秋月胤永が一雄の誕生祝いに梅花の鉢と青竹の酒筒などをハーンに贈る
06/27全財産をセツに譲渡する旨遺言状を認める <日清戦争(8月1日)>
10/06熊本を発って神戸に行く。

小泉八雲はギリシアで生まれたアイルランド人です。本名は(Patrick) Lafcadio Hearn。島根県尋常中学校教師の時、小泉セツと結婚、のち日本に帰化して小泉八雲と名乗りました。
1891(明治24)年11月に第五高等中学校の英語教師として熊本に来ました。熊本時代の作品には「知られぬ日本の面影」「心」「東の国から」などがあります。
次の言葉は1894(明治27)年1月27日、小泉八雲が第五高等中学校で行った講演「極東の将来」の結語部分です。「The future of greatness of Japan will depend on the preservation of that Kyushu or Kumamoto spirit, the love of what is plain and good and simple, and the hatred of useless luxury and extravagance in life.」(将来、日本が偉大な国になるかどうかは、九州魂あるいは熊本魂、すなわち素朴、善良、質素なものを愛して、生活での無用な贅沢と浪費を嫌悪する心を、いかにして持ち続けるかどうかにかかっている。)